SACDマルチチャンネルの再生方法

この文書は、スーパーオーディオCD(SACD、SA-CD)に収録されたマルチ チャンネル(サラウンド)の音声・楽曲を再生する方法について記したものです。

SACDマルチチャンネルとは

音楽再生用メディアとしてCDより多くの情報量を再生できるスーパーオーディオCD(SACD)は、CDのようなモノラル(1ch)やステレオ(2ch)の音声だけでなく、立体音響やサラウンドと呼ばれる、3.0~5.1chのマルチチャンネル音声にも対応している。マルチチャンネルに対応しているSACDでは、コンサートホールのような臨場感のある音声を非圧縮の高音質で味わえる。

マルチチャンネルの音声が収録されているSACDには、ジャケットに「SACD」の記載と共に「Multi-ch」や「Surround」といった記載がある。マルチチャンネル対応のSACDによっては、ステレオ音声でのSACDやCDの再生にも対応しているものがある。ステレオ音声でのSACD再生に対応している場合は「SACD Stereo」、CD再生に対応している場合は「CD Audio」と記載されている。

マルチチャンネル再生機器の構成例

以下にSACDマルチチャンネルの再生に必要な製品構成の一例を示す。この構成は、プレイヤーがDVDやブルーレイディスク(BD)の再生にも対応していれば、映画ソフトのサラウンド再生も可能である。またAVアンプにゲーム機を接続すれば、サラウンドに対応したゲームも楽しめる。

機材や部品を個別に購入するのが手間であれば、SACDマルチチャンネル再生に必要なプレイヤー、AVアンプ、スピーカーがすべてセットになった製品を検討したい。

例えば2013年にソニーから発売された「BDV-N1」は、BD・SACDプレイヤー兼AVアンプと5.1ch分のスピーカーで構成されており、5万円でSACDマルチチャンネルの再生環境が揃う。2017年初頭時点では同等品が発売されていないため中古品もしくは割高で新品を買う必要がある。

こうしたセットの製品は、マニュアルを見ながら設置すれば環境が整うのが利点だが、例えばスピーカーだけを別の製品に交換することなどは想定されておらず、一部が故障したり、交換したくなったりすると悩ましい。

再生に必要な機器

SACDマルチチャンネル対応プレイヤー

SACDマルチチャンネルの再生でまず必要なのが、SACDを読み取ってマルチチャンネルの音声データを出力できるプレイヤーである。ところがオーディオ専用のプレイヤーはステレオ再生対応が主流で、現在発売されているSACDプレイヤーの多くはマルチチャンネルに対応していない。また、スピーカーに直接出力できる製品は、その機能(DAC)の品質が高級オーディオとしてアピールポイントになるため高価だ。

そこで安くて便利なのが、ブルーレイディスク(BD)プレイヤーのうち、SACDに対応しておりユニバーサルプレイヤーと呼ばれる上位機種である。ただしそのようなユニバーサルプレイヤーにはDACがないので、マルチチャンネルのスピーカーに対応したAVアンプにHDMIで接続する必要がある。

なお、SACDのステレオおよびマルチチャンネルは、CDに使われる「リニアPCM」(Linear Pulse Code Modulation)という方式とは異なり、「DSD」(Direct Stream Digital)という方式で記録されている。DSDデータは加工が難しいため、DSDデータをリニアPCMデータに変換して処理する製品が多い。オーディオにこだわる場合は、SACDで読み出したDSDデータをHDMIで出力できるかメーカーに確認しよう。例えばソニー「BDP-S6700」は安価な上にマルチチャンネルのDSDデータをHDMIで出力できる。

マルチチャンネル出力対応AVアンプ

HDMIで伝送されたSACDマルチチャンネルの音声データをアナログに変換し、スピーカーに出力するのがAVアンプである。HDMIでマルチチャンネルのDSDもしくはリニアPCMを入力し、5.1ch分のスピーカーを繋げる。背面にはマルチチャンネル分のスピーカーを繋げられるよう、多数の端子がついている。

AVアンプがSACDマルチチャンネルの再生に対応しているかどうかは、その製品の仕様表やマニュアル(メーカーのサイトからダウンロードできる)で、HDMI入力がDSDもしくはリニアPCMに対応しているかで確認できる。仕様表ではわからない場合はメーカーに問い合わせよう。

AVアンプは多数のスピーカーを鳴らす必要があり、プレイヤーなどの機器に比べると大型で高温になりやすいうえ、接続するケーブルも多いため、設置場所に注意したい。

SACDマルチチャンネルの再生に対応したAVアンプの一例としては、ソニーの「STR-DN1080」などがある。「STR-DN1080」はプレイヤーからHDMIで伝送されたDSDデータを、リニアPCMに変換せずそのままアナログに変換してスピーカーに出力する機能がある。リニアPCMに変換した場合と、DSDのまま出力した場合とで、どのような音質の違いがあるのか(もしくは大して変わらないのか)試せる。

AVアンプと液晶テレビをARC(Audio Return Channel)対応のHDMI端子同士で繋ぐと、液晶テレビでテレビを見る際に、AVアンプの出力端子に繋いだHDMIケーブルを経由して、テレビの音声をAVアンプ経由で楽しめるようになる。もしARC対応のHDMI端子がなければ、光デジタル音声ケーブル(S/PDIF)で接続することで代用可能である。

ただしARCやS/PDIF(光デジタルケーブル、もしくは同軸ケーブル)は、マルチチャンネルを圧縮して実現しているドルビー信号であれば5.1chまで対応するが、リニアPCMの場合は2chまでの伝送にしか対応しない。

近年は、上位モデルが主になるがリニアPCMでも5.1chや7.1chを伝送できる eARC (Enhanced Audio Return Channel)に対応したテレビやアンプが登場している。

スピーカー

サブウーファを除く、フロント(前面の左と右)、センター(前面の中央)、リア(後方の左と右)のスピーカーは、プラスとマイナスの端子がついていて、インピーダンスがAVアンプの許容値であれば、どのメーカーの製品をどう組み合わせるのも自由である。リアのスピーカーだけを指してサラウンドスピーカーと呼ぶ場合もある。

マルチチャンネル(サラウンド)の標準的な構成は5.1chであるが、持っているSACDが4.0chなのでセンタースピーカーをつけないとか、住宅事情を考慮してサブウーファをつけない、といった選択をしても構わない。AVアンプでスピーカー構成を正しく設定すればよい。

特にフロントとリアに適したスピーカーには色々な種類があるが、一般的なのはブックシェルフ型と呼ばれるスピーカーで、テレビの左右に置いたり、高さを調整できるスタンドに置くなど、設置の自由度が高い。一方トールボーイ型は床に直接置ける作りで、ブックシェルフ型よりも低域の表現力向上が見込めると言われている。なお、マルチチャンネル(サラウンド)の再生においては、フロントとリアのスピーカーは同じ物を使ったほうが特性が同じなので調整しやすいという話もある。どのような構成にするかは好みの問題であるが、左右はバランスが異なると違和感が強いので、同じ製品で揃えたほうがよい。

センタースピーカーは、台詞やボーカルなどを担当することが多いセンターチャンネルの性質に対応したスピーカーである。テレビの下に置けるように(というわけでもないのかもしれないが)横長になっていて、高域担当のユニットの左右に低域担当の大きめのユニットが配置された製品が多い。

サブウーファは、他のスピーカーでは表現できない超低音域を担当することが多く、マルチチャンネルで「5.1ch」や「7.1ch」と表記される際の「.1ch」分を担う。例えば映画の爆発音や地鳴りなどで迫力を感じられる。指向性がわかりにくくどこにでも置けるが、その反面とても音が響きやすいので、周囲の騒音にならないよう設置や音量に注意が必要である。

SACDマルチチャンネルは5.1chまでなので、これに対応するため安く抑える構成例として例えばソニー製で選ぶなら、フロントスピーカーとリアスピーカーに「SS-CS5」を2セット(1セットがスピーカー2台なので、これで4つ)、センタースピーカーに「SS-CS8」1台、サブウーファに「SS-CS9」1台といったものが考えられる。

ワイヤレスで接続できるスピーカーも発売されているが、例えばソニーのワイヤレススピーカー「HT-NT5」など、SACDからの音声を再生できない製品も存在する。ワイヤレスでサラウンドを構築できるスピーカーについては、SACDの再生が可能か必ずメーカーに確認することを推奨する。

設置に必要な部品類

プレイヤー、AVアンプ、スピーカーを接続、設置するために必要なものを挙げておく。設置する環境に合わせて選んで欲しい。

HDMIケーブル

HDMIはデジタル信号であるが、物理的な電気の流れであることに変わりはないため、ノイズを受けやすい低品質なHDMIケーブルはエラーや不具合の原因になる。一般的な家電メーカーが販売している製品を選ぶのが無難である。「HIGH SPEED」「イーサネット対応」といった記載があるものを選ぼう。

スピーカーケーブル

AVアンプと各スピーカーを繋ぐケーブル。これはシンプルなアナログ信号の伝送路なので、できればノイズ耐性のある高品質のものを選びたいが、こだわり出すとキリがない部品でもある。

切断と末端加工のため、ニッパーが別途必要になる。

気休めかもしれないが、左右のスピーカーに繋ぐケーブルの長さは揃えた方がよいとされている。また、接続した際に余った部分のケーブルは、巻かずに往復させて沿わせた方がノイズの原因になりにくい。

バナナプラグ

5つのスピーカーを繋ぐには、20個の接点を繋ぐ必要がある。その上、AVアンプの裏面は端子が密集していてとても繋ぎづらい。このためマルチチャンネルのためのスピーカーを銅線のまま繋ぐのは現実的ではない。

AVアンプとスピーカーの端子がバナナプラグに対応しているならば、バナナプラグの利用が断然便利である。精密マイナスドライバーで銅線を挟み込むタイプであれば、しっかり繋がる。ケーブルやプラグがショートするとAVアンプが故障する原因になるので、できればプラスチックでカバーできるプラグを選ぼう。なお、バナナプラグの太さは直径4~4.5mmが一般的である。

スピーカースタンド

スピーカーの高さは、視聴する際の耳の位置と同じくらいがよいとされているので、高さを調整できる物を選ぼう。

オーディオ・チェックSACD

正しく接続できているか手早く確認するために1枚買っておくと良いのが、オーディオチェック用のSACDである。各チャンネル単独で音楽が流れるトラックなどが収録されており、スピーカーの接続が正しく行えているか容易に確認できるようになる。

再生環境の設置

基本的にはAVアンプの取扱説明書や設置ガイドを参照して、スピーカーや接続を設置すればよい。AVアンプによっては、付属の計測用マイクを使って、設置したスピーカーの状態を計算して音質を自動調整する機能があるので、それも利用すると良い。

余談

私とSACDマルチチャンネルとの出会いは2013年、晩年の冨田勲が手がけた『イーハトーヴ交響曲』のSACD発売であった。それまではSACDの存在すら知らなかったが、公演に出向いて楽しんだ印象深い作品であったのはもちろん、ハイブリッドSACDのため一般のCDとしても再生できると知り購入した。当初はCD再生で楽しんでいたが、じきにマルチチャンネルでの再生を試してみたくなり、模索を始めた。

ところがウェブを調べても、まず何を買えばいいのか、最低どれほどの費用がかかるのかという基本が判らない。価格比較サイトで調べたSACDプレイヤーは安くても5万円からで、2チャンネルの出力しかできないものばかり。おまけにSACD自体がどうやら下火らしいという有様。結局そのときはマルチチャンネルどころかステレオSACDの再生さえ早々に頓挫した。

それから数年、冨田勲が亡くなり、サラウンドに情熱を傾けた氏の遺したSACDマルチチャンネルをやはりどうしても聴いてみたいと思うようになった。そんなとき、2万円で買えるブルーレイディスク・プレイヤーにSACDマルチチャンネルの再生機能がついていることを知った。ブルーレイディスクのレコーダーを所有していてプレイヤーには見向きもしていなかった私にとっては大きな発見だった。

しかしウェブを調べるだけではいまひとつ何を買えばいいのかわからず、ソニー製品のファンである私はソニーストアのオンラインサポートに、SACDマルチチャンネルを再生するための製品を問い合わせた。すると製品の組み合わせ例を示した丁寧な回答が返ってきた。SACDが忘却されオンライン配信が主体の「ハイレゾ・オーディオ」が主流の時代でも、幸いソニーにはSACDマルチチャンネルを再生するための製品群が存在しているのだ。この文書がソニー製品を中心とする構成となっているのは、そのような経緯による。

さて、どんなに精密なサラウンドシステムを構築しても、そこに素晴らしい表現がなければ、ただの箱である。以下では冨田勲氏が遺したサラウンド作品を微力ながら紹介しておきたい。なお『イーハトーヴ交響曲』は映像も重要な表現になっているため、DTS-HD 5.0chの音声を含むBD版も以下に示す。